人的資本開示の基本|対象企業や時期、中小企業も準備すべき理由とは?

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人的資本開示の基本|対象企業,時期,中小企業も準備すべき理由とは?

2024年2月23日


「人的資本開示の義務化」の決定は認知しているが、この新たな情報開示要件に対する理解が不十分かつ、その内容や対象企業などについて疑問を持っているご担当者様も多くいらっしゃるのではないでしょうか。また今回の義務化対象企業ではないから安心して放置しているご担当者様もいらっしゃいませんか。

そこで本記事では、人的資本開示の基礎知識から初め、義務化される対象企業やその内容、さらには中小企業が情報開示に向けて準備すべき理由までを詳しく解説します。企業の経営者や関係者は、これを参考にして人的資本開示に関する正しい理解を深めていただきたいと考えます。

 

1. 人的資本の情報開示とは

そもそも人的資本とは

人的資本(HumanCapital)とは、

従業員が持つスキルや知識、ノウハウ、資源などを資本とみなす考え方

を指します。人的資本の定義は多様であり、個人の能力やスキルを資本として扱う経済学の概念であるとされます。

この概念の起源は、アダム・スミスが「国富論」で、教育を受けた人材を高度な機械になぞらえたことに遡ります。また、OECD(経済協力開発機構)の2001年の報告では、人的資本は個々人の知識、技能、能力などが経済的、社会的、個人的な価値を生み出すものとして定義されています。

人的資本そのものについては別記事で解説していますので、ぜひそちらをご覧ください。人的資本の概要や重要性、注目される理由について解説しています。

人的資本の基礎知識をわかりやすく解説|背景やISO30414との関わり

 

人的資本の情報開示義務化

人的資本の情報開示とは、企業が自社の人材に関する情報を内外に公表することを指します。これには従業員の成長支援策や職場環境整備の方針などが含まれます。特に、この情報開示は企業の経営戦略と密接に関連しており、従業員を資本とみなす人的資本経営の理念を実践する上で重要な役割を果たします。


日本においても、2023年3月期決算以降に上場企業を対象にした人的資本情報の記載が義務化されました。この動きは、企業のESG経営の一環として位置付けられ、企業価値向上に向けた取り組みの一環として注目されています。
情報開示により、企業の人材戦略や組織文化に対する透明性が高まり、投資家や社会全体との信頼関係を構築する重要な手段となります。

 

2. 人的資本の情報開示義務化の対象企業・開始時期・有価証券報告書について

義務化対象企業、有価証券報告書について

今回義務化対象となったのは、金融商品取引第24条で有価証券報告書を発行している約4000社の企業です。有価証券報告書は内閣総理大臣に提出しますが、虚偽があったり提出を怠ると処罰の対象となります。そのためこの報告書には非常に正確性が求められます。

有価証券報告書とは、上場企業が外部に企業情報や財務状況を開示する資料です。この報告書には企業の概要や財務諸表などが含まれており、「有報」と略されることもあります。金融商品取引法に基づき、内閣総理大臣に提出されますが、提出を怠ると懲役刑や罰金刑の対象となります。法律により上場企業は、事業年度終了後3ヶ月以内に提出が義務付けられており、監査法人の監査を受ける必要があります。

また上場していない会社でも、店頭登録会社や有価証券届出書提出会社、過去5年間に株主数が一定以上ある場合は同様の報告書を提出する必要があります。

ビル群

 

開始時期について

日本では、2023年3月期決算以降の有価証券報告書から開示の義務が決定しました。

 

3. 人的資本可視化指針とは

人的資本可視化指針とは、

2022年8月に内閣官房の非財務情報可視化研究会が発表した人的資本の可視化に関する資料

のことです。この指針では、人的資本を可視化する方法やそのステップについて解説されています。人的資本の可視化が進んだ背景や当指針の役割、人的資本の可視化方法、その可視化に向けて準備することや有価証券報告書における対応などが詳細に記述されています。

人的資本の情報開示義務化対象になっている企業のご担当者様はもちろんのこと、経営戦略や人事戦略に関わる方はぜひ一度ご一読ください。こちらをガイドラインとして捉え、人的資本開示の準備をしましょう。

人的資本可視化指針(https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf)

 

4. 人的資本について開示する7分野19項目について

人的資本の情報開示には、7つの分野にまたがる19の項目が含まれます。この情報は、企業の戦略や目標に基づいた取り組みを示すものであり、内閣官房が策定した「人的資本可視化指針」では具体的な開示項目が示されています。これらの項目は、企業の透明性を高めるために参考になります。
また人的資本に関する情報開示に関して、内閣官房が策定した指針と国際標準化機構が公表したISO30414は、ほぼ同様の開示項目を示しています。

まずは下記表で一覧を確認いただき、その後各項目の概要をご覧ください。全分野と項目の開示は求められておらず、一部が必須とされている点もご注意ください。

人的資本の情報開示項目

 

人材育成

人材育成分野で開示すべき項目は、「リーダーシップ」「育成」「スキル/経験」の3つです。具体的な開示事項の例としては、

  • 「研修時間」
  • 「研修費用」
  • 「研修と人材開発の効果」
  • 「スキル向上プログラムの種る・対応等」

などが挙げられます。

 

従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメント分野において求められる項目は、その名の通り「エンゲージメント」です。

従業員エンゲージメントとは、従業員が仕事や会社に対してどれだけ熱心に参加しているかを示す概念です。これは従業員が仕事に対するモチベーションや関心をどれだけ持っているかを測定することで理解されます。
エンゲージメントが高い従業員は、仕事に対する情熱を持ち、会社の目標や価値観に共感し、積極的に貢献します。その後、生産性や顧客満足度が向上し、企業の成功に大きく貢献するでしょう。

モチベーションが上がっている女性

 

流動性

流動性の開示項目は、「採用」「維持」「サクセッション」の3つです。具体的な開示項目例として挙げられているのは、

  • 「新規雇用の総数・比率」
  • 「人材確保・定着の取り組みの説明」
  • 「後継者有効率」
  • 「後継者準備率」

などが挙げられます。

 

ダイバーシティ

ダイバーシティ分野では、「ダイバーシティ」「非差別」「育児休業」の3項目が開示必須となっています。具体的な事項として挙げられているのは下記等になります。

  • 「属性別の従業員・経営層の比率」
  • 「男女間の給与の差」
  • 「男女別家族関連休業取得従業員比率」
  • 「男女別育児休業取得従業員数」

多様な人種の人々

 

健康・安全

健康・安全の分野においては、「精神的健康」「身体的健康」「安全」の3項目が開示項目となります。具体的な開示事項例としては

  • 「ニアミス発生率」
  • 「労働災害の発生件数・割合、死亡率」
  • 「業務上のインシデントが組織に与えた金銭的影響額」
  • 「労働関連の危険性(ハザード)に関する説明」

などが挙げられます。

悩む人達の写真

 

労働慣行

労働慣行の開示項目は最も多く、「労働慣行」「児童労働/強制労働」「賃金の公正性」「福利厚生」「組合との関係」となります。具体的な開示事項例として挙げられているのは

  • 「人権レビュー等の対象となった事業(所)の総数・割合」
  • 「深刻な人権問題の件数」
  • 「団体労働協約の対象となる従業員の割合」
  • 「懲戒処分の件数と種類」

などとなります。

 

コンプライアンス/倫理

当分野の開示事項は従業員エンゲージメント同様文字通り「コンプライアンス/倫理」となります。開示事項例としては「コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合」が挙げられています。

 

5. 人的資本の情報開示が求められている背景

ESG投資の浸透

ESG投資の浸透により、人的資本への注目が高まっています。ESG投資は、

  • 「環境」
  • 「社会」
  • 「ガバナンス」

を重視した投資方法であり、人的資本への投資は企業の社会への貢献に関連します。この投資方法は、2006年に国連が提唱し、企業の持続可能性を評価する基盤となっています。人的資本情報の開示は投資家によって企業の投資判断材料となり、適切な投資が企業の成長に不可欠であることを示しています。
そのため、ESGへの取り組みが不十分な企業は資金調達に課題を抱える可能性があり、人的資本を意識した経営戦略が注目されるようになりました。

 

投資家による無形資産の価値向上

上述したESG投資の浸透により投資家が無形資本に関心を寄せるようになり、人的資本が注目を浴びる理由の1つとなりました。かつては財務情報が主に重視されていましたが、今ではESG投資の進展に伴い、無形資産に関する情報も重要視されています。米国では2020年の市場価値構成要素の90%が無形資本で占められています。

 

欧米からの流れ

2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)は上場企業に対して人的資本の情報開示を義務付けました。この新たな要求には、定性情報だけでなく定量情報の開示も含まれています。この動きは、投資家が人的資本情報を重視していることを示すと同時に、市場環境の変化に伴い、経営における人的資本の重要性が高まり、投資判断においても人的資本情報が不可欠であることを反映しています。

アメリカ

 

6. 人的資本開示で企業に求められるポイント

各種戦略との繋がり・ストーリー性を意識する

情報開示にはストーリー性を加えることが重要です。情報をただまとめ記載するのではなく、取り組んだ背景や企業理念と結びつけることで、より具体的な情報をステークホルダーに示すことが可能となります。
例えば、企業の成長に必要な人材や具体的な行動を明確化し、課題と実際の行動を結びつけることで論理的な説明が可能となります。
そういった経営戦略と人材戦略の繋がりを明確化させることで、投資家や求人応募者などへのアピールとなります。


また、ストーリー構築のすべとしては、人的資本可視化指針にて価値協創ガイダンスの活用が推奨されています。

価値協創ガイダンスとは、自社の価値観、社会への長期的な価値提供に向けて目指す姿(長期ビジョン)や、持続的な競争優位を確保するためのビジネスモデル、経営上のリスクと機会などの各要素と、自社の人的資本への投資や人材戦略がどのように結び付いているのか、 確認をしながら議論を進めることで、自社の経営戦略と人的資本への投資・人材戦略の関係性が明確なものとなる。

価値観競争ガイダンス

 

開示情報の定量化

人的資本の情報開示において、具体性を高めるためには、定量化されたデータの提示が不可欠です。自社の取り組みや現状を数値化することで、ステークホルダーに対して理解しやすい情報提供が可能となります。さらに、定量的なデータを使用することで、目標との差異を明確にし、改善に向けた迅速な行動が可能となります。

過去の実績や長期的なデータの変化を開示することで、ステークホルダーに対する説得力も高まります。
また、企業側としても、開示したデータから自社の強みや改善すべき点を把握することができます。

数値化

 

独自性事項と比較可能事項のバランスを保持した開示内容

人的資本の開示情報には2種類の事項があります。
1つは「自社固有の戦略やビジネスモデルに剃った独自性のある取組・指標・目標の開示」、もう一方は「比較可能性の観点から開示が期待される事項」です。

「人的資本可視化指針」に従い、比較可能事項ばかりの情報開示では、他者との類似性を招く傾向があります。これは義務化されている一方で自社の競争優位性を充分に表現できないという問題が生じます。
したがって自社固有の経営戦略や人材戦略に基づく独自性のある内容が重要です。この内容には、取り組みそのものの独自性や、開示項目を選択した理由の独自性などが含まれます。

ステークホルダーは、上記2つのバランスの取れた情報開示を求めており、自社独自の要素と比較可能性を両立させることが求められます。情報開示はステークホルダーのニーズを的確に把握し、自社を魅力的に見せる情報を開示することが重要です。

 

7. 義務化対象ではない中小企業も準備すべき理由

第2章でも上述した通り、今回の人的資本の情報開示義務化対象は金融商品取引第24条で有価証券報告書を発行している約4000社の企業です。これは日本国内の0.09%の企業と言われています。すなわち多くの企業は義務化対象ではありません。

そのため中小企業の経営者やご担当者様は優先すべき内容ではないとお考えかもしれません。しかしこれまでの記事の内容を読んでいただければ分かるとおり、人的資本の重要性というのは、今に始まったことではなく年々高まっています。そのため、今回は上場企業である4000社となりましたが、中小企業も非常に近い将来開示が義務付けられると存じます。

また法令としての問題だけでなく、今後の事業活動がスムーズに進む可能性も高いためぜひ当段落の内容もご一読ください。

 

法令への対応

上述した通り、人的資本の義務化対象企業が、段階的に広がる可能性もあります。このように義務化された場合には、過去のデータを遡って指標を測定し提示する必要が生じるかもしれません。
そのため現在から法改正に備えて、自社の人的資本情報を管理・開示しておくことで将来的な法令変更にもスムーズに対応できるでしょう。情報開示は自社の状況を客観的に把握する機会となり、経営状況の改善や人材の有効活用につながることも期待できます。

 

また人的資本可視化指針には開示項目例は挙げられていても、企業が選択すべき具体的な指標までは示されていません。重要なのは、企業がそれぞれの業態や戦略に沿った指標を選択し、明確な目的を持って運用することです。経営者である以上、大企業も中小企業も、自社の戦略を明確に絞り、それに向けて諸活動を集中させるべきです。

法律

 

大企業との取引基準になる可能性がある

大企業との取引に際しては、人的資本の情報開示が求められる可能性があります。そのため中小企業が情報開示に対応することで、取引先の選定において有利になる可能性もございます。大手企業は昨今ESG投資の取り組みを強化しており、その一環としてCSR調達が行われています。CSR調達では、品質や価格、納期だけでなく、法令や社会規範の遵守や社会的責任の果たし方も重視されます。このような状況下では取引先確保のため基準を満たしていることを示す必要が出てくるということです。

 

人材の採用に役立つ

人材の採用においても人的資本情報の開示は非常に役立つ可能性が高いです。

求職者は企業の働きやすしさや教育体制の充実度を評価し、これらが就職先決定に大きく影響することは説明不要だと思います。そんな背景化において、人的資本の情報開示は上述内容を正しく理解する手段としてはうってつけの情報となり得ます。

 

世間的には、中小企業は労働時間が長く給与が低い、さらには研修制度の不整備や福利厚生に対する不満の声がまだまだあります。しかし、実際には企業ごとに大きく異なる素晴らしい魅力を持った企業も存在します。ただそれを正しくアピールし情報提供するのは難しいことでもあります。

そのため人的資本の情報開示を行うことで、自社の魅力を十分に示し、適切な従業員を採用することが可能となるでしょう。

少子高齢化などが進む日本において、人材不足はますます深刻になります。そのため中小企業にとっても人的資本経営の実践は不可欠であると言えるでしょう。

 

8. まとめ

いよいよ人的資本の情報開示が始まります。
今回対象となった企業はより一層の理解を深め、非対象となった企業も次の法令改定に備え準備を進めましょう。

今回は人的資本の情報開示における基礎知識をまとめましたが、LEADERSでは他にも人的資本に関する情報を発信していますので、ぜひご覧ください。

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